『考える人 vs 菩薩』
The Thinker vs Bodhisattva

第10章

プリマヴェーラ(春)
Primavera by Botticelli

↑ボッティチェリ(1445 - 1510)が1470年代後半または1480年代前半に制作。[Sandro Botticelli, Public domain, via Wikimedia Commons]

芸大の3回生だったか、座学の単位として『プラトン美学の素描』を選択しました。先生は芸大の教授ではなく、たぶん京都大学や同志社大学の助教授のような立場の先生が講師として来られていたのだと思う。

梅原先生もそうだったけれど、この先生の授業にも教科書がなかった。先生の声には張りと気迫があり、探求への情熱が伝わった。 今でも「エイドン eidon」や「エイドス eidos」と言われたときの声の響きが耳に残っています。

「明治維新以降、日本は西洋文明のテクネー(technē)を表面的に模倣しているに過ぎない。薄っぺらなハリボテに過ぎない」。先生がそう言われたことをずっと覚えています。

テクノロジーやテクニックの語源が「テクネー」ですが、古代ギリシャではもっと深い意味を持つ言葉だった。それは学術、芸術、知、ロゴスをも意味した。

西洋文明を取り入れて科学技術が進歩して、高度経済成長して便利で豊かな国になりました・・・よかったよかった、めでたしめでたしと言えるだろうか? 本当に豊かだろうか? 本当に美しいだろうか? 本当に幸せだろうか? 本当にこれでよかったのだろうか?

古代ギリシャにおいて深い意味を持つ「ロゴス」が、現代日本では会社名や商品のネーミングの書体やシンボルマークを意味する「ロゴ」になってしまった。 プラトン哲学で重要な柱となる「イデア」は、名案や発想を意味する単なる「アイデア」になってしまった。

古代ギリシャの愛の神「エロース」が、わいせつ、ひわい、エッチ系を意味する「エロ」になってしまった。

先生は言われた。「西洋文明はそんな浅はかなものではない。浅はかな受けとめかたしかしないから、本物が生まれてこない。何もかもつぎはぎだらけの偽物だ」

そう言われてみると、私がやっていることこそ、西洋文明の薄っぺらな模倣だと思い知った。かといって東洋文明のこともほとんど知らない。役行者、最澄、空海、ゴ-タマ・ブッダ、老子、荘子、ボーディダルマ、臨済、道元、一休、白隠・・・ほとんどわからない。

運慶、快慶、世阿弥、観阿弥、千利休、宗達、光琳、光悦、若冲、芭蕉、一茶、北斎、広重・・・薄っぺらな教科書的知識しか知らない。自分はいったい何をやってきたのだろうと思った。

人と違った個性的なものを生み出そうとして、西洋美術の何か新奇なものを探したり、みんながまだ知らない現代アート的なものをちょっとお借りして目新しいものをでっちあげるみたいなこと・・・そんなことをもくろんだり、しているかも知れない。京都丸善でクラナッハの画集を買ったのも、そういうもくろみがあったかも知れない。

何か本当に自分の内側に向き合って、もっと本質的なものを見つけていく作業をしてこなかったと思う。美術、芸術というものを甘く考えていたかも知れない。というかその前に全然実力がない。技量も才能も足りていない。少しばかりの才能があったとしても、それを育てていない・・・

西洋の古典絵画、ルネサンスやバロックの絵画を見るとき、いつも衝撃を受けました。日本の美術館や博物館での展示会は、特にいい作品を持ってきているのだろうから、技量や才能が優れていることは当然として、ちゃんとした文化的背景というか思想的背景があって、それがテーマ・モチーフになっている。それを描こうとしている。

ボッティチェリの『プリマヴェーラ』も『ヴィーナス誕生』も、彼が愛した人文主義(じんぶんしゅぎ/ルネサンスヒューマニズム)の哲学や文学的詩的世界を表現している。

単にじょうずでキレイで官能的というのではない。それが深みになっている。作品に意味をもたらしている。物語性や哲学性、精神性をもたらす。 印象派はそれらから脱却して太陽光の明るさ美しさを得たけれど、内的な深みに欠けているかも知れない。 ゴーギャン(1848 - 1903)はそのことに気づいた。

↑ゴーギャン作と言われなければ、彼の絵だとはわかならない。野外にイーゼルを立てて明るい風景を描く。手前に波紋、その向うに輝く道、建物、空。彼は1888年、これをフランスの北西部、ブルターニュ地方で描いた。[Paul Gauguin, Public domain, via Wikimedia Commons]

私も高校生のとき、そして芸大の1回生や2回生のときよくこうしてイーゼルを立てて風景画を描いた。母に作ってもらった弁当や水筒を持って、大阪府高槻市北部の摂津峡で描いたときのことを今だに鮮明に覚えています。

一日中描いて帰り支度をしていたら、日没の残照が差してきて、山も民家もルビー色に輝いた。ほんの数分のことだったけれど、その日の努力が色あせて見えた。

その年1888年、ゴーギャンはゴッホの誘いのって南フランス・アルルにおもむき2か月共同生活した。ゴーギャンはその共同生活がそのごのゴッホの飛躍的な創造につながったと書いたけれど、ゴーギャンこそゴーギャンにしか描けない絵、すぐにゴーギャンだとわかる絵が生まれるようになったのがその共同生活以降だと思う。それがタヒチでの飛躍的な創造につながった。

ゴッホの耳切り事件という悲劇で終わる短い共同生活だったけれど、非常に異なる個性の出会いと衝突が未知なるものの創造につながったのだと思う。「仲良しクラブ」ではこういうことは起きなかったでしょう 。

↑ふたりが共同生活した「黄色い家」をゴッホが描いた(1888)。[ By Vincent van Gogh - Van Gogh Museum, Public Domain, via Wikimedia]
まんなかの二階建て、緑の窓のある家屋だったという。ゴーギャン40歳、ゴッホ35歳。

この絵、ゴーギャンとゴッホが暮らした家を描いた絵だから、高く評価されるのだと思う。無名の人が描いたとして、どこかの絵画屋さんで、5万円ぐらいの値札がついていたとしたら、買うひとはないと思う。日本の高校の美術部員なら、これよりじょうずでセンスのいい絵を描く生徒はざらにいる。

この絵のなかにゴッホの人生、ゴーギャンの人生が交差する、神やマリアは描かれていないけれど、ゴッホ神話、コーギャン神話がこの絵から読みとれる。色彩や構図が素晴らしいと感じて買うのではなく、意味性を買うのだと思う。彼らの人生を買うのだと思う。

そういう意味性がなければ、この絵に注目する人はいないと思う。物語性、意味性、神話、伝説がなくてもこのような絵が数億で売れるなら、私は美術教師になったりグラフィックデザイナーなんかにならなかった。

↑黄色い家から黄色いキリストへ。ゴーギャンはふたたびブルゴーニュに戻り、地元のトレマロ礼拝堂で見つけた17世紀の黄色い十字架像にインスピレーションを受けて『黄色いキリスト』(1889) を描いた。[Paul Gauguin, Public domain, via Wikimedia Commons]

こちらがトレマロ礼拝堂の磔刑像。[inconnu ; photo : Yann Gwilhoù, CC BY-SA 3.0 , via Wikimedia Commons]

ゴッホはキリスト教の牧師の家に生まれ、画家になるまえ伝道師として努力した時期があった。たぶん生涯キリスト教的な自己犠牲みたいなものを引きずった人だと思う。

そういう意味でゴーギャンはキリスト教とは無縁の人のようだけれど、10歳から13歳ごろ3年間を名門カトリックの寄宿学校で学んでいる。信仰したかどうかは別にしてキリスト教の素養がある。

西洋の人たちは、キリスト教を通して「神」や「精霊」や「愛」「祈り」「罪」「天国」「地獄」という超現実的、神秘的、スピリチャルな世界観と出会う。

私たち現代日本人は、ゴータマ・ブッダやボーディ・ダルマや神道の教えと出会わない。それらは風俗習慣であり、私たちが毎日毎日学ぶのは国語・算数・社会・理科の超退屈で薄っぺらな教科書的知識だった。そんなものは、つまらないテストにしか役に立たない。今は改善されていると信じたいけど。

例えばエンジェルファームにみえられたかたの多くはクマバチを怖れる。「自然を愛している」「自然環境を守らなくてはならない」と言われるかたもクマバチやマルハナバチ、ハナアブ、トカゲ、カナヘビ、ヤモリを怖れる。

クマバチはブーンと大きな羽音をたてるし図体も大きい。刺されたら大変だと思う。スズメバチと混同している。実は私もそうだった。 ここに来た初期のころクマバチはヤバイ蜂だと思っていた。

いったいどれほど多くの時間、理科そして生物を学んだだろう、でもクマバチのことひとつだって何もわからない。「幽霊の正体みたり枯れ尾花」みたいに、ちゃんと観察したら毒を持った「怪物」ではない。自然を観察するというその姿勢を学んでいない。テストのための学習だから。

クマバチは地球生態系のなかで、ミツバチと同じく花粉交配という極めて重要なお仕事をしています。彼らの活躍がなければ生物多様性を維持できません。現実には世界中でこういうポリネーターたち(花粉媒介生物)の減少が報告されており、農業にも致命的なダメージになると警告されています。

クマバチは怖くない
Carpenter bees are not afraid

↑[Vincent van Gogh, Public domain, via Wikimedia Commons]
ゴーギャンが「黄色い家」に滞在した1888年に、ゴッホはこのヒマワリを描いている。ゴーギャンの『黄色いキリスト』は、「黄色い家」とゴッホの『ヒマワリ』の黄色に感染していると思う。

ゴーギャンはアルルに滞在していた時期に、若い画家エミール・ベルナール宛にこんな手紙を描いている。

すばらしい素描をかく日本人を研究してみたまえ、そうすれば君は自由な自然と太陽の光の下の人生が、影を用いずに描き出されているのを発見するだろう。 日本人は色彩をただ種々の色調の結合、あたたか味などの印象を与える種々の調和されたものの結合として用いるだけなのだ。

それにまた、僕は印象派なるものを一切の機械的なものの――たとえば写真など――から決定的に遠ざかっている一つのスタイルだと考えている。 だから僕は、夢幻流的な効果を与える一切のものから、できるだけ遠ざかろうと思っている。影は太陽の夢幻的要素であるから、それを用いることをひかえたいのだ。

ゴーギャンの『黄色いキリスト』はまさにそれを実践している。影を描かないと立体的な表現ができない。写実的にならない。が、写実はカメラを使えばいい。絵画は別のことをやろうとゴーギャンは提案している。

ゴッホはゴーギャンの言っていることをヒマワリの絵で実現していた。ゴッホは対象を見て描くことにこだわったけれど、ゴーギャンは絵画に物語性、意味性を復活させて深みをもたらそうとしている。

私は高校生のとき、ゴッホのヒマワリをマネしようと思って、花屋さんでヒマワリを買ってきて油絵を描いてみたけれど、どうしても迫力がでない。ただのマネごとではいい絵はできないと思い知った。

この章の冒頭で書いた「プラトン美学の素描」の先生が言われた話です。表面的な模倣では深みがでない。真実味がない。うまいだけの絵になってしまう。

ヒマワリの花を花屋で買った時点で間違っていた。自分で種を発芽させるところから育ててみたヒマワリなら、少しはいい絵が描けたかも知れない。ヒマワリのこと何にも知らない。花だけ買ってきて描いても、花の薄っぺらな表面を模写しただけでしかない。

ゴッホは「自然から学ぶ」ことの大切さを言ったけれど、私はまだ自然を深く感じる体験がなかったと思う。自然のことも人のことも表面的にしか見ていなかったと思う。

読書してわかったつもりになっていたかも知れない。本気で自然、植物や動物、野鳥や昆虫、土、雨、太陽とかかわるようになったのは里山で暮らすようになってからだと思います。それまではアタマで考えた「自然」だったと思う。

あらゆる花、野菜、ハーブ、果樹を育て、犬、ネコ、ニワトリ、チャボ、ウサギ、アイガモ、金魚たちと暮らしてみて、やっと少しは自然のことを体験したかと思います。

そうそうヒマワリを描いてみた当時、ゴッホ風の自画像も描いてみた。うまくいかないので途中で放棄したんですが、自分の顔は何てノッペリしているんだろうと思った。

特徴がないというか平凡というか、個性的でないというか、こんな顔をゴッホ風に描くと、笑ってしまうような絵になってしまう。中身がゴッホでないのに、表面だけゴッホ風に描いたって、ジョークでしかない。ヒマワリも自画像も。

↑[© José Luiz Bernardes Ribeiro,CC BY-SA 4.0]
とうとう「シモネタ」の話をするときが来てしまった。ルネサンス時代のイタリア最高の美女、その名はシモネッタ・ヴェスプッチ(1453 - 1476)。美人薄命の典型で、22歳か23歳で結核で亡くなった。

この美しい肖像画は、1480年代前半から中期にボッティチェリ工房で制作された。シモネッタが亡くなって数年たってからの作品です。工房で制作・・・というのは当時の画家たちは、10代で親方の工房に弟子入りして徒弟奉公しながら腕をみがき、優秀な弟子は独立して新たな工房をつくり弟子を抱えた。

ゴッホやゴ-ギャンみたいに、自分ひとりで自分の描きたいものを、描きたいように描くというような世界ではなかった。貴族や君主や教会や教皇から依頼されて、依頼者が望むようなものを制作したんです。室町時代から江戸時代末まで続いた狩野派なんかもそのような工房、絵師集団だった。

集団で制作するから教会や宮殿の壁に描く巨大な絵も制作できた。量産もできた。ボッティチェリ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロ、ティツアーノたちも、そのような工房の主だった。

「西洋美術の黄金時代」といわれるルネサンスの画家たちとゴッホやゴーギャンのような画家たちとは、制作の仕方も生き方もクライアントも全然違う。ゴッホが画家をめざすようになったのは25歳のとき、ゴーギャンは
35歳かな。ふたりとも工房で画家修行なんかしていない。ついでに芸術大学も出ていない。

上の美しいシモネッタの絵は、シモネッタではないかも知れないという説もある。特定の誰かを描いたのではなく、当時の美人像、美人画みたいなのを工房の絵師たちが量産した可能性もある。 それならたくさん残っていそうなものですが、サヴォナローラの「虚栄の焼却」によって焼かれた可能性もある。

ボッティチェリは美しいシモネッタに惹かれていて、その面影を追い続け、この章のトップの『プリマヴェーラ』に登場する女神にもその姿を描いたとも言われる。 そしてまた『ヴィーナス誕生』のヴィーナスも、シモネッタを描いたものであると言われる。

なるほど雰囲気が似ている。彼女の死が早かったことを思うと、うれい顔である理由もわかる。ボッティチェリの追慕の感情が込められているといわれたらそのような気もする。 若くて美しいまま亡くなった。心のなかではその姿のまま残る。いつまでもその姿を想い続けることはありうる。

↑この女性はヴァージニア・クレム(1822 - 1847)。彼女も24歳で結核で亡くなった。エドガー・アラン・ポー( 1809 - 1849)の妻です。

高校2年の国語の教科書に萩原朔太郎(1886 - 1942)と中原中也(1907 - 1937)の詩が載っていた。そのときの国語の先生がふたりのことを情熱的に話された。そのときボードレールやランボー、ポーのことも教えてもらい、彼らの詩、散文を読むようになった。

国語の先生は少しボードレールの顔に似ていた。先生はそのあたりの作家が好きで文学を学ばれたのだと想像します。でも高校2年の国語の授業で覚えていることは、そのときのことだけです。あとひょっとしたら、前章で話題にしました会田雄次の『アーロン収容所』を話題にされたのも先生だったかも知れません。

ポーの詩集のなかに上のヴァージニア・クレムの絵がありました。ポーは彼女の死に強い衝撃を受けて、アルコールにおぼれるようになった。ヴァージニアの死の2年後、酒場で泥酔して動けなくなっていたポーも亡くなった。

ポーの詩のなかに、彼女の亡霊を描いた不思議な詩があった。高校3年の受験勉強に集中しなくてはいけない夜に、そんな詩を読んで逃避していた。ボードレールの『悪の華』や『パリの憂鬱』といい、当時の私の憂鬱な気分にぴったりの詩だった。


↑セルゲイ・パラジャーノフ(1924 - 1990)の映画『火の馬』のことを書いておきたいと思います。20代前半に見て強い影響を受けました。上の動画は「パラジャーノフ祭」の紹介動画。

アジアの古典芸能に通じるものがあってかつ斬新な感じを受けます。文楽や能みたいな感じもあり前衛的でもあります。私は『火の馬』しか見ていないので、これから他の作品を見たいと思います。


↑こちらが私が見た『火の馬』(1964)。 ウクライナの作家ミハイロ・ミハイロヴィチ・コチュビンスキー(1864 - 1913)の小説『忘れられた祖先の影』(1911)を原作として、この作家の生誕100年を記念して制作。ロシア語を使わず全編ウクライナ語を使っている。

パラジャーノフはグルジア・ソビエト社会主義共和国(現ジョージア)出身のアルメニア人で、ソビエト連邦で活動していました。 この時代にこの作風がソ連当局に、にらまれないのかなと思ったら、やはり2回投獄され、強制労働もさせられている。

映画館で『火の馬』を見たとき、亡霊と歌を交わすシーンで涙があふれた。数年前この映画のことをふと思いだして検索したらYouTubeにアップされていることがわかった。こんなマイナーな映画を再び見ることができるなんて思っていなかった。

この映画の多くのシーンを忘れていないことに驚いた。何10年もたつと多くのことを忘れたり、感動が失せたりするのに同じシーンでまた涙が流れた。60代になっても20代(たぶん23歳)のときと同じところで涙がでた。

「絶世の美女」に惹かれるとか、そういうことじゃない。山岳地帯で暮らすふたりが仲良しになって、成人したとき自然な恋愛感情が生まれた。

恋人マリーチュカは不慮の事故(ヤギを助けようとして崖から落下した)で亡くなる。突然の別れ、彼は立ちなおれなくなった。見かねた村人から勧められた女性と結婚してみたけれど、マリーチュカのことを忘れることができなかった。

亡霊マリーチュカは、「少なくとも1日2回は私のことを思い出してください」と言う。亡霊はすることがないから、死後もずっと彼のことを思い続けている。

子供時代から惹かれあっていたふたり。映画の前半に子供時代の美しいシーンが描かれています。

森や川、草原・・・ふたりだけが共有する懐かしい美しい体験がある。

あのころ哲学徒のH君が、知人の奥さんが亡くなった話をした。夫はすぐに再婚したという。「すぐに」というところをH君は非難がましく言った。私は見てきたばかりのこの映画の話をしました。恋人が亡くなって立ちなれず破滅した男の物語を。

美しい姿、美しい思い出ばかりが心に残ってしまう。彼は立ちなおれなかった。恋愛は美しかったかも知れないが、現実はそんなに美しいものではない。

もし事故がなくて、ふたりがめでたく結婚して子供ができて、もし生活苦がのしかかったり、嫁姑問題が起きたりしたら、ふたりは口論したりもするだろう。恋愛には生活感・生活臭がない、だから美しい、ということはないのだろうか? 

結婚して一緒に暮らしたら、遅かれ早かれきっと「日常」がやってくるに違いない。感動のない単調な日々、同じくりかえし。それはあらゆる恋人たちにやってくる普遍的な悲劇ではないだろうか?

恋愛小説も恋愛ドラマも恋愛映画もラブソングも、メデタシメデタシになったらまずい。どちらかが死ぬか、恋を禁じられるか、それしかない。もしハッピーエンドだとしたら、結ばれたそのごを描いてはいけない。

そのごこそが最大の悲劇かも知れない。ふたりはいがみ合って離婚するかも知れない。どちらかが死んだらすぐ再婚するかも知れない。そんな話をしたら、いつもは雄弁なH君が黙ってしまった。

『火の馬』を見たとき私は、第7章で話題にした“気になる女性”のことを思った。私たちには森や川や草原で、鳥の声を聞いたり蝶を追いかけたり、何か不思議な体験をしたり・・・マリーチュカたちのような共有する体験がない。

2週間に1度ぐらいのペースで、いつも大阪の中心地のカフェで長いおしゃべりをするだけ。おしゃべりといっても、ほとんどは私が話している。今書いているこの文章みたいに、とりとめない話を思いつくまま。

彼女は学級担任を受け持ち、美術の授業以外の校務をかかえ、そうしながら所属する美術協会に出展する絵を制作しなくてはならない。それに彼女はいつもエレガントなロングスカート姿で現れる。

野山なんかに誘えなかった。私がH君と親しくなれたのは一緒に野山を歩いたからだと思う。カフェで会話するだけだったらケンカ別れしていたにちがいない。彼も言いたい放題言ったけれど、私はそれ以上にひどいことを言った。

私は友人にひどいこと言うタイプではないけれど、彼にはひどいことを言った。「言うことと、やることが違う」と言って私は腹を立てた。私も当然言うことと、やることが違う、だからご立派なことは言わない。

彼は哲学なんか学ぶから「ご立派」に磨きがかかり、言うことがどんどん高尚になった。私はそれにむかついた。まあ小学生のときから知っている間柄だから、お互い馬鹿者だってこと知っているじゃないか。

こう書いてみてわかった。「ご立派」なことを書かないよう注意しよう。そういうのは先生や書物の受け売りだったりする。アタマで描く高まいな理想に注意しよう。汚れた靴でよたよた汗して歩いて学んだことを書こう(ゴッホのよれよれの靴の絵をイメージして)。

H君とN君と3人で京都・嵐山を散策しているうちに、思いついて愛宕山に登ったことがあった。午後から登ったので、頂上にたどり着く前に日没になってしまった。その日は月がなく真っ暗になった。けれどまったく明かりがない暗闇でも、眼が慣れてくると少し見えることがわかった。

危ないので山中で朝までじっとしていることも話し合ったけれど、ゆっくり下り坂を降りてみようということになって、3人で励ましあい注意しあいながら無事下山できた。ヘトヘトになりお腹もペコペコになり乾杯して酔って深夜に帰宅した。

けれど彼女とは、おしゃべりだけの関係じゃないか・・・しかも私が話しているばかりの。何か心の絆みたいなものが無いと思う。YouTubeで『火の馬』を見なおしたとき、当時考えたことまで思い出した。H君にこの映画のことを話したことも。

芸大の3回生のとき、たぶん1学期に私は上のこのシーンみたいな女性の横顔の絵を描いた。夜散歩しているときに、たまたま通りがかった電話ボックス(近頃見かけない。というか田舎にはない)のなかで受話器を耳にあてる若い美しい女性が立っていた。

その女性の亡霊めいた青白い顔がアタマから離れない。それならそれを描いてみようと思った。ムンクの『叫び』のようなタッチで。ムンクの『叫び』の背景は日没時の夕焼けだけれど、私がイメージしたのは夜。もっと暗い病的な絵になってしまった。

ユニークで面白いと評価してくれた教授があったけれど、私はこんな病的な暗い絵を描いていたら本当に自分がだめになると思った。何とかして健康になって、もっと明るい絵を描きたいと願った。

そのころのことを思うと、よく立ち直れたと思う。あのまま暗い絵ばかり描き続ける選択もあった。そうしていたら今これを書いていない。あのころ私は病弱で、友達のまえでは明るくふるまっていたけれど精神も病んでいた。あんな病的な絵ばかり描いていたら若い時期に死んでいたと思う。

ともかく受話器の女性を描いた絵以降、私の絵は変わった。私の見た目は変わらず、言動も変わらなかったと思うけど、 内側で変化するものがあって、少なくとも絵が変わっていった。

そうして4回生のとき幼馴染のH君とN君に再会し、“気になる女性”と出会うことができた。 内側の変化が外側の出会いにつながったのだと思う。そのころはそうとわからなかったけれど。

亡霊マリーチュカの白い手が恋人の手をつかむ。マリーチュカは彼を死の世界に引き込み彼も崖から転落。

そして彼は死亡した。たぶん恋愛とはそのようなものだろうと思った。私が思ったのは、私と“気になるひと”との関係は単なるおしゃべりの関係であり、「プラトニックラブ」ですらないということ。

そもそもプラトンが言う愛は、日本人が言う「プラトニックラブ」じゃない。肉体関係のない恋愛のことを言っているわけではない。だったら美術関係の仲間、友人としてつきあっていけばいい。

でも阪急梅田駅の紀伊国屋書店横の待ち合わせ場所で、彼女の笑顔が近づいてくるのを見た瞬間、あれこれ考えたことがみんなふっ飛ぶ。

もうひとつ、この映画『火の馬』を見て、私はもう画家をめざすのはやめようと思った。もっと前からそう思うようになっていた。この映画のどの部分を切り取っても一枚の絵になる。映画のなかに無数の素晴らしい絵画が含まれている。

あの映画を見たころ、というか芸大3回生の2学期から私は具象画を放棄して抽象的な作品を作るようになった。あの映画を見たころには完全に抽象に取り組んでいたけれど、まだ絵画を放棄していなかった。

宮崎先生に茨木市美術展に出展するように言われたら抽象作品を出して、賞をもらった。みんなに理解できないあんな難解な絵なのに、よく賞がもらえたなと父が言った。もらえるに決まっている。宮崎先生が審査委員長をされているのだから。

映画やテレビや写真が無かった時代には、絵画はそれらの機能も果たしていたと思う。例えば美人のヌード画像・・・といったら失礼か、ヴィーナス像は裕福な貴族の独占物だった。たとえばデッラ・ローヴェレ家とかメディチ家のような人々。

ボッティチェリの『ヴィーナス誕生』も『プリマヴェーラ』も、フィレンツェの支配者ロレンツォ・デ・メディチの 従弟ロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコ・デ・メディチ(1463 – 1503)の依頼で描かれたとされる。メディチ家の所有だったおかげで、サヴォナローラの「虚栄の焼却」で焼かれなくてすんだ。

現代では美人のヌード画像が欲しければ、どこの本屋でも買える。コンビニでも買える。動画だってある。昔は「ポルノ映画」とか「成人映画」と呼ばれていた。今はもうヴィーナスだ、妖精だとか、三美神だとか言い訳する必要もない。

「香山さん、いくらなんでもルネサンスの巨匠が描いたヴィーナスや妖精をポルノみたいに言うのはいかかなものでしょう?」

と言われそうですが、私が「ポルノ」だと言うのではありません。保護者が言うんです。 アメリカ合衆国フロリダ州のキリスト教系スクールの保護者がそんなことを申し立てて、校長先生が辞職に追い込まれたという。

ダヴィデ像はポルノ?
The Statue of David is Pornographic?

最近、「ダヴィデ像を生徒に見せ校長辞任・・・米フロリダ州の騒ぎにイタリアの美術専門家ら当惑」(BBC 2023/03/28) というニュースを目にしました。「ダヴィデ像」のことはもっと後でふれるつもりでしたが、面白いニュースなのでちょっと「より道」しておきます。

・・・この『考える人 vs 菩薩』は2013年から2014年夏に書いた断片や、2022年12月から書いた断片をつないでいるというか、つむいでいる、コラージュしています。 で今、急に2023年春に戻りました。2023年3月28日のBBCの記事を「最近」と書いているのはそのせいです。

『考える人 vs 菩薩』、最初に書き始めたのは2013年の春でした。実はそのときの題名は『見えない糸ウォッチング』だった。あちこち取材して不思議な「赤い糸」をたぐって、つむいでいくような構想でした。

その少し前の2012年11月2日、母がデジタルカメラを盗られたと騒ぎ、当時自治会長をしていた私は、何のためらいもなくすぐに竹田警察に通報しました。警察官2人と大分県から出向していた刑事1人が、あっというまに来てくれ、事情を話すと、何かおかしいと言われる。

こんな高齢者の使い古したデジタルカメラを盗る泥棒はいない。ねらうなら現金をねらうはず。別棟とはいえあなたがた夫婦が暮らしていて、犬まで飼っている、隣家もある。わざわざそんな家をねらう泥棒はいない、と言われた。

つまり母がぼけているのではないかと疑っておられる。私たちは母はしっかりしていると思っていたので、そういう決めつけにムッとした。けれど彼らが帰られたあとよくよく考えてみると、その可能性があることに思い至った。

それから母をそれとなくケアする日々が始まった。初めは「それとなく」だったけれど、だんだん手がかかるようになった。たぶんそういうことが引き金になって、妻が更年期障害に悩まされるようになってきた。

母が認知症だなんて、誰も気づかなかった。近所のひとも、母の友人も気づかなかった。普通に話し笑い歩き買い物するから。母のかかりつけの内科医に相談したら「お母さんはしっかりしています」という返事だった。

私たちは思い切って休業することにしました、それが2013年06月30日。その日「休業のお知らせ」をアップしました。こんなふうに書きました。

そのかんにエンジェルファームの1000坪を超えるこの環境(庭・菜園・裏山)を整備したいと思います。この築明治元年の家屋を改修したのは2006年7月末から2007年3月にかけてでした。あのときは建物の改修でしたが、今回は植物や多様な生命体に関わるガーデンの改修を企画しています。

それと、ヒーリングスクールのテキストについてもじっくりと見直しをします。 2002年開業のエンジェルファームの根本的な見直しをしたい・・・これからは私たちにしかできないことについて見極め、それをやっていきたいと思います。 そのための休業とさせていただきます。

自由な時間ができたので、普段できないことをやろうと思って『見えない糸ウォッチング』を書き進めました。その年2013年はNHK大河ドラマで『八重の桜』をやっていた。母も喜んでそれを見ていました。

主人公、山本八重が結婚した相手が父の母校、キリスト教主義の同志社大学の創始者新島襄。その最初期の生徒である徳富蘇峰・徳富蘆花兄弟もドラマに登場する。母の世代はふたりのことをよく知っていて、蘆花のことが好きだったという。

徳富兄弟の出身地が熊本なので、母と妻を連れて彼らのゆかりの地を訪ねてはたくさんの写真を撮った。歴史散策と食事、温泉の3点セットでよく出かけた。ときには温泉宿に宿泊した。そうやって母を連れ出すことがリハビリにつながると考えました。連れ出さないと部屋に閉じこもるようになっていたから。

そうそうその年2013年の春、山本八重の出身地、福島県の会津も訪ねました。飛行機や新幹線を利用する旅だったけれど、母は旅行中しっかりしていた。会津は妻のお母さんの出身地で、妻にとって懐かしいなじみ深い地です。

妻のお父さんは新潟の出身ですが、一族の出身は熊本の武士だったという。いづれかの戦いに敗れ新潟に逃れたと伝わる。熊本をドライブしてみると妻の旧姓「上村」の名前が多いことがわかる。上村医院、上村工業、上村屋・・・

会津―京都―熊本を結ぶ赤い糸が見えてきました。実はここ大分県竹田市にも会津の元サムライたちが来ています。西南の役(1877)のときです。 竹田はそのとき、元会津藩士が加わった政府軍と薩摩の西郷軍が戦う戦場でした。

うちから車で10分ほどで「春高楼の花の宴」の歌詞で有名な『荒城の月』の岡城があります。作曲者の瀧廉太郎(たきれんたろう、1879 - 1903)は少年時代にここ大分県竹田市で暮らし、岡城址で遊んだ。

廉太郎は岡城址をイメージして作曲したけれど、詩を書いた土井 晩翠(どい ばんすい、1871 - 1952)は、彼の出身地である仙台の青葉城と、会津の鶴ヶ城と竹田の岡城をイメージしたという。

↑2013/07/23
竹田市には「明正井路」という非常に素晴らしい六連の石橋(水路橋)がありますが、それを設計し監督したの元会津藩士の家系に生まれた技師・矢嶋義一(1884 - 1922)でした。難工事となったことで神経をすりへらし38歳の若さで自害してしまった。

その建設に多額の公的資金を投入したのが元会津藩士で当時大分県知事だった新妻駒五郎(にいづま こまごろう、1855 - 1937)でした。会津―京都―竹田―熊本を結ぶそんな赤い糸の話から書き始めていました。

が、2014年初夏のころから、しだいに母の認知症は進行していき、大好きだった温泉にもレストランにも旅館にも行きたくないと言いだしました。私は取材をかねて色々散策してまわることが楽しかったんですが、母の様子を見て気持ちがしぼみ、『見えない糸ウォッチング』も挫折しました。

そのかわりガーデニングに情熱を注ぎました。カラダを動かし、植物を育て、花にやってくるハナバチやハナアブ、蝶たちを観察し、それを写真に撮る、そんなことの方が気が晴れました。

膨大な写真を撮りました。Dropboxに移したまま未整理・未公開のままに放置している写真が何万点もあります。ともかくその成果のひとつが下記です↓

花粉媒介生物に優しい庭【FBアルバム】
Pollinator Friendly Garden FB Album










2021年5月30日、エンジェルファームの庭の様子。4日後の6月3日、この4枚の写真をFacebookにアップしてこう書きました。

ハチやアブ、蝶、蛾、甲虫等のポリネーター(花粉交配生物)に優しいことや、生物多様性に配慮したガーデニングをやってきたら、こうなりました。 この4枚には主にムシトリナデシコ、ガウラ(白蝶草)、クローバー、マロウ、ヤロウ、カモミール等と薔薇が写っています。

手のかからない強健な植物のみ育てています、薔薇以外は。(薔薇は手がかかります) 縮小したこの写真では見えませんが、地面にはあらゆる雑草が、隙間なくはびこっています。

その雑草の茂みが土グモやバッタやカエルやカナヘビたちの隠れ家になっています。雑草がグランドカバープランツとなって土壌の乾燥を防ぎ、水はけもよくします。 それによく見たら雑草も可愛い・・・

ポリネーター(花粉交配生物)に配慮したガーデニングとは
1.農薬・除草剤を使用しない
2.多様な蜜源植物を育てる
3.できるだけ雑草を排除しない
4.多様な生物と共生
5.持続的観察
6.情報発信・情報共有

最低限そういうことだと考え実践してきました。この年(2021)、長いことやってきたことが、とうとう実ってきたように感じました。というのも、ハナバチもハナアブも蝶も最高にたくさん現れ、撮影が追いつかなくなった。

「エンジェルファームはとうとうポリネーターたちの楽園になったようです」と当時、私は書きました。うきうきした高揚した気分になっていたと思います。今までこの庭で見たことがなかったようなハナバチやハナアブまでが姿を見せてくれるようになった。

2021/06/29
ラベンダーの花で吸蜜するルリモンハナバチを見つけたときは本当に感動しました。幸せを運ぶ「ブルービー」と呼ばれる非常に珍しいハチです。

幸せを運ぶ青いハチ
The blue bee of happiness (Solitary bee)

当時、5年ぶりにFacebookに投稿しました(2021/04/14)。

ご無沙汰しました。
約5年ぶりの投稿です。

庭にあたりまえにたくさん来ていたクロマルハナバチが昨年ほとんど姿を見せませんでした。 おかしいと思ったら北隣の福岡県で絶滅危惧1類、南隣の宮崎県で絶滅危惧2類に指定されていました。

大分県でも大減少している可能性があります。 世界はどうかと思って調べると、世界中でミツバチやマルハナバチ等のハナバチ(英語でBee)が危機的なまでに減少していることがわかりました。

花粉を媒介して受粉を助けてくれるハナバチは植物たちにとって非常に重要な昆虫です。そもそも花は花粉を媒介してくれる昆虫たちを魅惑するために色やカタチや香りを工夫してきたんです。

人間に称賛されるために咲いているわけではありません。ハナバチの減少は地球生態系に大きなダメージをもたらすと共に農業にも大きなダメージになります。

国連環境計画(UNEP)はミツバチ減少の原因について次の5つの原因をあげています。

・気候変動
・除草剤や農薬
・殺虫剤や殺菌剤
・大気汚染
・送電線などの電源から出る電磁場

大きな危機感を背景に2017年12月の国連総会で満場一致で「World Bee Day」(世界ハナバチの日、日本では世界ミツバチの日と翻訳)の日を5月20日と定め、ハナバチの重要性とその保護の必要性をアピールする日としました。

すでに2018年、2019年、2020年の3回、このイベントは世界中で実行されています。僕はそのことまったく知りませんでした。それもそのはず、日本ではテレビも新聞も雑誌も報道していないようです。

政府も国民に広報していないようだし、僕が検索したかぎりでは自治体も大学も農業関係も発信していないようです。 それなら仕方がないということで、去年の12月から少しづつ「World Bee Day」のことを自分で調べてみました。下記です。

世界ハナバチの日 5月20日
World Bee Day May 20

「World Bee Day」は世界の多くの国で報道されていました。多くの政府が広報し、ハナバチの重要性を訴えていました。なぜ日本では報道されないのでしょうか? 

僕が調べたかぎりでは「World Bee Day」のイベントができないのは、内乱中でそれどころでないとか、貧困にあえいでいてそれどころでない、ほんの少しの国だけでした。

それはともかくとして、世界がこうして一致できるというのはなかなかないことで、そのことは非常に素晴らしいと思いました。アインシュタインは言ったそうです・・・「地球上からハナバチが消えたら、4年後には人類も消えるだろう」。

蜜や花粉を求めて花にやって来るごくごく小さなハチを通して、地球の未来を考えるひとびとが増えたら・・・ハチや他の野生生物たちを絶滅させるような現代文明を転換し、多様な生命と共生する新しい生き方が生まれていくと思います。

昨年来なかったクロマルハナバチのことは下記にまとめました。今年は姿を見せてくれるでしょうか?

クロマルハナバチが心配
Worried about Bombus ignitus

上の投稿に対して何人かがコメントをくれたなかで、大分県国東半島在住のEさんはこんなことを書いてくれました。

香山さんご無沙汰しております。覚えていますか。 早速ですが、アインシュタインの言葉は知っています。 エコロジー関連の雑誌や書籍では自然保護の箴言として扱われています。ネオニコチノイド系の農薬散布も大きなミツバチやハナバチの減少理由の一つです。

幸いなことに今住んでいる地域は農薬散布を農家の方々が自主的に規制しているので、我が家には日本蜜蜂の巣箱が4つ満杯です。 ほんの少しの改善で、自然はまた再生できるのです。このいうことを、広く確実に行っていきたいですね。

あれからいろいろ調べてみたら・・・アインシュタインが言ったとされる「地球上からハナバチが消えたら、4年後には人類も消えるだろう」というのは、世界中のハナバチ関係、環境系のWebサイトに載っていましたが、どうやらアインシュタインが言ったというエビデンスは無いようです。

誰がこの話を広めたのかはわかりませんが、アインシュタインがこう言ったという話なら世界中のみんなが耳を傾けた。そういう意味では宣伝戦略的には大成功した例かも知れません。ともかくその年(2021)、クロマルハナバチは見事に復活してくれました↓

復活クロマルハナバチ2021
Resurrection Bombus Ignitu2021

日本で「World Bee Day」の知名度がゼロであること、国としても自治体としも大学としても、このイベントに参加していない現状があるなら、私が個人として参加してみる手があると思い立ちました。

ハナバチたちを保護するガーデニング 「ビー・フレンドリー・ガーデニング Bee Friendly Gardening」を何年も実践し、 ハナバチたちを継続的に観察し撮影し記録を残していることを理解してもらうために、撮りためた写真をPhotoshopで加工し、Webサイトにまとめました。 国連事務局宛にメールを書いて、個人としての参加が可能かどうか打診してみようと考えていました。

ミツバチと暮らす
Live with honey bee

実現しなくても誰かがそういう動きをすることが引きがねになって、ひょっとしたら大学や自治体、何らかの組織が動きだしてくれる可能性があると思ったんです。

でも、世界の情報をいろいろ調べた2021年当時、2018年や2019年に「World Bee Day」が開催されたときのような盛り上がりが欠けているように見受けられました。

それもそのはず2019年12月に中国の武漢で発生したCOVID-19が、 2020年初頭にはまたたくまに世界中に広がりました。 2020年から2021年にかけて、世界中の多くのイベントが中止または延期された。[上の写真は、新型コロナウイルスの電子顕微鏡写真©国立感染症研究所]

2020年と2021年に世界で1500万人近くが、COVID-19のせいで死亡した可能性があると、世界保健機関(WHO)が推定しました(2022/12/14)。2022年8月までに感染者数は累計6億人を超えた(NHKニュース)。

ハナバチやハナアブ、蝶たちの心配をするより先に、緊急に人間の生命のことを考えなくてはならない状況でした。 でも海外のオピニオンサイトを見てまわると、パンデミックが終了したら、世界はまっさきに環境問題、気候変動、生物多様性の問題に真剣に取り組むことになるだろうという記事をたびたび眼にしました。

ところがまだCOVID-19のパンデミックがまだ終わらないというのに思いがけないことが起きました。2022年3月7日のブログで私はこう書きました。

先月2月24日、ロシア軍がウクライナに侵攻しました。
その翌朝、「法・法華経」というウグイスの鳴き声を聞きました。その数日後にはホトトギスの初鳴きも聞きました。

春が訪れているというのに、ホモサピエンスはこんなことを始めてしまいました。そうでなくてもコロナショックで、たくさんのかたが亡くなり、倒産も相次いでいるなかで、戦争を始めるなんて・・・・・しかもひとつ間違えると第三次世界大戦、そして核戦争の大惨事を招く可能性があります。

ロシアの人々は、戦争が起きたことさえ知らないそうです。ロシアのテレビでは伝えない。 けれど、インターネットで情報を得た人たちは、デモをしたり反戦の意志表示をしているようです。

私は世界のハナバチの情報を知るために採用した方法、その国の文字で、その地域限定Google検索をする方法です。すると、ロシアの医学ニュースサイト“MadMed.Media”に、ロシアの医療従事者による「公開書簡」とうものがアップされていました。

タイトルはこうなっていました。「ロシアの医師、看護師、看護師、救急医療機関を代表して、ウクライナ領土での敵対行為を阻止するよう求めるロシア連邦大統領への公開書簡」。

「ロシア連邦の医療従事者の正確に17,690の署名がここに公開されました。ただし、ロシア連邦の法律の変更により、立法措置を回避するために、名前は非表示になっています」と記述されています。

ロシアはパンデミック開始以降の感染者は16,861,793人、死者726,152人。現在減少傾向ですが、それでも当時1日98,000人ていどの新規感染者があるそうです。 だから医療関係者を逮捕するのは難しいかも知れません。

とそのときは思ったんですが、実際はどうだったのでしょう? ともかく私は感動しました。ロシアの素晴らしい人々! どうかご無事で! と願いました。そのご「公開書簡」は消え、“MadMed.Media”というサイトそのものが、跡形もなく消滅しました。

今現在、Googleで「MadMed.Media」を検索すると、いっさい検索できないようになっています。Facebookには「MadMed.Media」のページが残っているものの、2020年10月1日の短い投稿を最後にストップしています。

「公開書簡」の日本語訳(Google訳)をブログやFacebookにアップしておいてよかった。下記です↓

私たちロシアの医師、看護師、看護師、救急医療従事者は、ウクライナの領土でロシア軍が行った軍事行動に強く反対します。

私たちは有罪を求めておらず、誰も判断しません。私たちの使命は、人間の生命を守ることです。したがって、医者よりも人道的な職業を想像することは困難です。

そして今、両国にとってこの困難な時期に、私たちは敵対行為の即時停止と平和的手段のみによるすべての政治的問題の解決を求めます。

いつものように、私たちは交戦者を友人と敵に分けません。私たちは、国籍、宗教、政治的見解に関係なく、すべての人々を助けることを誓いました。

しかし今、私たちの助けは十分ではありません。戦いは多くの命を奪い、非常に多くの運命を台無しにするので、私たちはすべての可能な努力を助ける時間がありません。

痛みで叫び、母親に向かって叫び、誰もが同じ言語になります。発射物や弾丸は、目標に到達せず、誰かの命を奪わなくても、恐怖、パニック、痛みをもたらします。

心が収縮する痛み。今、民間人の心は傷ついています。兵士。兵士の母親と妻。子供の場合。誰もこの恐れに値しない。殺されたり傷つけられたりするに値する人は誰もいません。

偶然または故意に。私たちの親戚、友人、患者、同僚は特殊作戦の領域にいます。進行中の流血の恩恵を受ける人は一人もいません。刻々と増大する痛みや苦しみから逃れることはできません。

人間の生命は貴重です。犠牲者の治療と回復には何年もかかることがありますが、人を殺すには一瞬で十分です。そして、今日の敵対行為の瞬間のために、私たちはこれから何年も支払うでしょう。

致命的な武器の使用によってどれほど良い目標が正当化されるとしても、それらは致命的なままです。致命的で、痛みと苦しみを引き起こします。

したがって、私たちの誓いに従い、すべての生命の人道的かつ平等な扱いを維持するために、私たちは致命的な武器を使用してすべての作戦を直ちに停止することを要求します。

人間の生活は貴重です。戦死するまでには少し時間がかかりますが、犠牲者の治療と回復には何年もかかる場合があります。そして、今日の戦争の瞬間のために、私たちは何年も後に支払います。

致命的な武器の使用がどのように正当化されても、それらは致命的なままです。致命的で、痛みと苦しみを引き起こします。

したがって、私たちの誓いに従い、すべての生命の人道的かつ平等な扱いを維持するために、私たちは致命的な武器を使用するすべての作戦を直ちに停止することを要求します。

「No war」を意味するロシア語「Нет войне」(ニェット・ヴァィニェ)または「No war russia」を意味する「Нет войне Россия」。 当時、YouTubeでこのワードを入れて、たくさんの動画を見ました↓


↑「戦争反対」プーシキン広場での逮捕


↑「戦争反対」ウクライナ侵攻後のロシアでの抗議活動


↑モスクワのプーシキン広場で警察が逮捕


↑反戦集会:大量逮捕 |ウクライナを支援するために人々が集まった


↑2022年2月27日日曜日、サンクトペテルブルク

当時このような動画をいっぱい見ました。いくらでも出てきます。私が驚いたのは、ロシアの人たちの抗議活動が非常に早かったこと。黄緑色のチョッキが目印となる海外報道陣が、その様子を撮影できていることにも驚いたけれど、一般の民衆もスマホを持って撮影していました。

警察が民衆を逮捕している様子が全世界に流れた。プーチン大統領はなぜみんながスマホで撮影することを禁じないのだろう? ものすごく印象が悪いのに。

かつてプーチン大統領は、自分はスマホをやらないと語った。彼はスマホを持たない。「インターネットなんて、なかばポルノだろ?」みたいな発言もある。彼は熱心なクリスチャン(ロシア正教)だという。

彼がポルノを否定するおかげで、スマホが野放しになっているのかも知れない。彼がスマホを持たず、インターネットを利用しないので、スマホの威力、インターネットの威力がわからないのかも知れない。

民衆が現場で撮る動画は、文字で書く「反戦」理論よりインパクトがある。テレビや新聞とは違う、生々しい緊迫感がある。が、プーチン大統領は、まだテレビや新聞を信用しているのかも知れない。

2011年3月11日の東日本大震災のときもそうだった。テレビを見ているだけだと何が起きているかわからなかった。YouTubeで地元の人が命がけで撮ったスマホ動画を見て、初めて事態の深刻さ、怖ろしさが伝わった。民衆のスマホが、情報革命をもたらしていると思う。

間水君は1991年頃に『映像はええぞう』という題名の散歩派論文を書いたけれど、私も「ええぞー」と思う。言葉や文字では伝わらない現実がある。言葉や文字では、ゆがんで伝わってしまう場合もある。仏典や聖書のように。

Googleで検索するときは、「НЕТ ВОЙНЕ」のようなキーワードを「Google 絞り込み(言語・地域)検索」に入力し、言語と地域の欄でロシア語を選択すると現地のサイトが無限にでてきます。

この方法で各国の「世界ハナバチの日(World Bee Day)」のことを調べました。下記はロシアの映画関係者の反戦の署名です。実名を出すことは、そうとう覚悟のいることだと思います。 「キノソユーズ」(ロシアの撮影監督とプロの撮影組織および協会の連合)というサイトです。

НЕТ ВОЙНЕ」というタイトルで、下記のように書かれています。このサイトは消えていません。 ロシアではない外国にサーバーも置いているのでしょう。それにしても今だに実名を掲げているのは大変勇気のいることだと思います。 以下、Deeple翻訳。言語によってはGoogle翻訳より優れています↓

戦争反対
2022年2月24日

ロシアのウクライナに対する軍事行動開始のニュースを、私たちは痛みと怒りをもって受け止めた。いかなる国家的、政治的、地政学的価値観も、最も重要で根源的なもの、すなわち人命の価値以上に重要なものはない。

最も重要で基本的なもの、それは人命の価値である。 我々は、戦争という名の人間による、合法化された人間の殺害を直ちに止めるよう要求する。

私たちは、あらゆるクリエイティブな職業の代表者に対し、この呼びかけに賛同し、国家暴力の正当化、美化、美化のいかなる形であれ、その正当化がいかなるものであれ、個人的および企業的なモラトリアムを採用するよう求める。

シネマ・ユニオン会長
アレクセイ・ポポグレブスキー 映画監督

理事 グリゴリー・アムヌエル 映画監督
オレグ・ベレジン 映画起業家
エフゲニー・ギンディリス プロデューサー
ウラジーミル・コット 映画監督
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マリーナ・ラズベシキナ 映画監督
アンドレイ・スミルノフ 映画監督
ヴァレリー・トドロフスキー 映画監督
アレクセイ・フェドルチェンコ 映画監督
アレクセイ・ハニューチン 映画監督
ボリス・フレブニコフ 映画監督

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アレクサンドル・ベロボコフ 監督
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セルゲイ・グラボフ
アナトリー・ゴルボフスキー プロデューサー
アレクサンドル・グリャノフ 監督
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ミハイル・レムヒン 映画評論家
ミハイル・リプスケロフ 脚本家
ナタリア・マンスカヤ プロデューサー
ニコライ・マルコゾフ 映画監督
ヴィクトール・マチゼン 映画評論家
エカテリーナ・メリクセトワ プロデューサー
アレクサンドル・ナヒムソン プロデューサー
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ヴァレリー・オスタヴニク 映画監督
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マリーナ・ラヴィエ(シュルディヤコワ)プロデューサー
ナタリア・レピナ 脚本家
ヴィカ・スミルノワ 美術史家、映画評論家
アレクサンドル・ソクーロフ 映画監督
エレナ・スティショワ 映画評論家
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マトヴェイ・トロシンキン 映画監督
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ウラジーミル・チュトコ 映画監督
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アレクサンドル・アタネシャン 映画監督
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レナート・ボライオ・セラーノ 映画監督
ユーラ・ボリソフ 俳優
ユーリ・ビコフ 映画監督
オクサナ・ビチコワ 映画監督
エレナ・ヴァニナ 脚本家
アルテム・ヴァシリエフ プロデューサー
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イーゴリ・ゴンベルグ プロデューサー
アンナ・グドコワ プロデューサー
マリアナ・ドロゴヴェイコ プロデューサー
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アレクセイ・ミズギレフ 監督
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ニキータ・ロジデストヴェンスキー 撮影監督
オルガ・ロザノワ 脚本家
アレクセイ・セレブリャコフ 俳優
アレクサンドル・テレホフ 映画脚本家、作家
エフゲニー・トカチュク 俳優
アンドレイ・フルジャノフスキー 映画監督
イリヤ・フジャノフスキー 映画監督
ピョートル・シェポチニク 映画史家、映画監督
アンナ・ヤノフスカヤ 女優、映画監督

リストは更新中です。

どうかご無事で!と祈らざるを得ません。それにしても反応が早いと思います。ふだんからの連帯があるのでしょう。ロシア革命のような暴力革命ではない、マルクス・レーニン主義がいう階級闘争でもない、もっと精神的なプロセスが水面下で進行していると感じさせます。

パラジャーノフ(1924 - 1990)やタルコフスキー(1932 - 1986)の魂は生きていると思った。当時こういう戦争反対表明が、科学、芸術、政治、あらゆる分野で出されていました。非常に早い段階で。それらの声明文を読んで感動しました。

実は今日は2025年2月24日です。3年まえの今日、ウクライナ戦争が始まった。その年の12月にこれを書き始めた。あれからまた2年2カ月の月日が流れました。

第1章で「思惟(しい)」と「思惟(しゆい)」の違いについて明らかにしたいと書いた、それが本題なんですが、まだ「序文」を書いています。夜に、気が向いたときにしか書かないせいもありますが、それにしても長い序文、長すぎる序文です。

「ルネサンスを研究するということはこのような荒涼たる世界の中へはいっていくということだ」と会田雄次先生は書かれた。私は荒涼たる世界に迷いこんだのでしょうか?

多くの歴史学者、文化史、芸術史、経済学の学者が、近代の始まりを「ルネサンス」だと考えています。つまり私たちが生きているこの現代に直結する。この現代の荒涼たる戦争、ウクライナ戦争、パレスティナ・イスラエル戦争、環境破壊、気候危機、(人工)ウイルスのパンデミック・・・

ペストのパンデミックからの再生がルネサンスだという説もある。カトリック教会はペストに対して無力だった。祈りは通じなかった。奇跡は起きなかった。 致死率100%。ヨーロッパでは5,000万を超える人々が死亡したという。生き残った人々は新しいものを求め始めた。

2017年12月、そのとき国連総会で満場一致で「World Bee Day」を採択したけれど、コロナウィルスのパンデミックが終わったら気候変動問題を世界が一致して取り組む大きなテーマになっていくだろう、みたいなことはどうやらなさそうです。

ウクライナ戦争を通して世界の分断があらわになりました。ロシアに制裁を科している国は少なかった。中国、インド、ブラジルを含む多くの国は制裁に参加していない。



そしてトランプ大統領は2025年1月20日、気候変動問題に取り組んできた「パリ協定」からの離脱に署名しました。

2023年10月7日に始まったパレスチナ・イスラエル戦争に至っては、古代文明の時代から連綿と続いてきた根深い宗教対立・宗教戦争が、この現代にあっても何度でも再発するということを思い知らされる事態となりました。

この戦争を止めるために割って入ったトランプ大統領は、ガザの「富裕層向けリゾート開発構想」を提案しました。先住民を追いやってリゾート開発するというのは、欧米列強の植民地政策の定番であった。格別とっぴな案ではありません。

ハワイもグアムもそのような先行事例といえます。ただ21世紀の現代にまだそんなやり方が通用するのでしょうか? しかも世界中の人々が注視しているなかで。

トランプ大統領は2025年2月26日、彼の提案するガザ構想の映像版を発表しました。AI生成動画で。これが世界中に拡散されることをわかった上での発信かな、と驚きました。

平時なら「ちょっとしたジョークさ」もありかも知れませんが、この戦争でガザ地区の住民4万5千人が亡くなっている。街も空爆でボロボロになっている。イスラエルの人々も含め、どれだけ多くの人々が苦しみ悲しみしているか。ジョークを言える状況ではない。

ジョークじゃない本気だとしたら、これがトランプ大統領の精神世界だということ、トランプ大統領を支持する敬虔なキリスト教徒、 神を信仰する人々は思い知らなくてはならないと思います。

ローマ教皇ピウス11世はムッソリーニのことを「摂理の人」だと思った。アメリカ福音派のクリスチャンたちはトランプ氏のことを「摂理の人」だと思って投票した。

何のためにこんな映像を作るのだろう? トランプ大統領をおとしめるために、例えばイスラム教徒が反米プロパガンダとしてこれを作ったというならわかる。トランプ大統領の成金趣味・物質主義・俗物性を馬鹿するために作ったというならわかる。

ところがこの映像、トランプ大統領自身が作らせて発信した。反発を招くだけで笑うこともできない下品な映像だと多くの人が思った。彼をとりまく側近たちがこういう映像の発信を止めない。のか止められないのか。あるいは、すべてをわかった上で、何らかの意図・作戦があってこの映像を作ったのでしょうか?

イーロン・マスク氏の頭上に紙幣が舞う。

舞い降りる紙幣に喜ぶガザの子供たち。アメリカの福音派のクリスチャンはこれを見てうれしいでしょうか? 聖書の世界からあまりにもかけ離れていると思うんですが。

最も反発を招くのはこの映像でしょう。プールサイドで仲良く日光浴する海水パンツ姿のトランプ大統領氏とイスラエルのネタニヤフ首相。これはアラブの人々にとって到底受け入れられない情景だと思います。

というか、こんな映像を流布して何の得になるのだろう? アラブの人々、イスラム教徒の人々の眼に焼きついて、トランプ大統領に対する深い不信感が永久に残ると思う。大統領の言うガザの再開発計画とは、こういうヴィジョンなのだということを強烈に印象づけたと思う。

TRUMPの名をかんした神殿風、宮殿風の建物。モスクのかわりにこういうのが建つのかな? おカネと強大な権力と核兵器があれば何でも手に入るのでしょうか? 人を意のままに動かすことができる、のでしょうか?

何か最も福音書的でないように感じられるんですが・・・。去年(2024)、日本ではこういうのを「露出の多い女性ダンサーが招かれた若手議員らの懇親会」といって、たいそう問題視されました。

当時の岸田首相も「極めて不適切であり、誠に遺憾だ」と国会で答弁された。としたらこの映像も「適切」であるとは思えません。


↑イギリスの公共放送BBC 2025/02/27

あそうそう、アメリカ合衆国フロリダ州のキリスト教系スクールでミケランジェロ制作のダヴィデ像 (1501–1504)のことを教えたら、娘がポルノを見せられたと親が非難し、それがもとで校長先生が辞職に追い込まれた話です。

こ、これがポルノですか? だったらルネサンスなんか生徒に教えるのを止めたほうがいい。なぜってルネサンスはポルノの宝庫だから。どころか、西洋美術史なんて教えない方がいい。

しょっぱなから無理。古代ギリシャのミロのヴィーナスです。裸のオッパイが男子生徒の目の毒になるとクレームつけられたら授業にならない。だいたい古代ギリシャ彫刻はヌードばっかり。男性神もみんな●●がぶらさがってるし。

それはともかくミケランジェロのダヴィデ、素晴らしすぎる。とてつもない技量と才能。そして何か溌溂とした精神を感じます。 彼はこれを26歳から29歳のあいだに制作した。すごいとしか言えません。『考える人』の作者ロダンは、このミケランジェロを尊敬し、ミケランジェロの影響を受けた。

このキリスト教スクールではボッティチェリの『ヴィーナス誕生』や『プリマヴェーラ』も教える予定だったらしい。ルネサンスを教えるなら避けて通ることができないこの2枚。これは確かにキリスト教的ではない。キリスト教の要素がない。異教の絵画と言える。

けれどダヴィデは古代イスラエル王国第2代の王、旧約聖書に登場する重要人物です。 ●●が表現されているというだけでポルノと言われるなんて・・・もし●●をカットし、そこに何も付けず、つるんとした表現にしたらポルノでなくなるのでしょうか?  これほどの写実彫刻で、そこだけ何もなくつるんとさせたら、それこそジョークだと思う。

ポルノというのであれば、ポルノ女優との不倫疑惑で裁判沙汰にもなったトランプ大統領こそ問題にならない? 彼女(右)は顔出しまでしている。キリスト教スクールに通う子供の教育上悪くないのかな。子供にどう説明するのかな?

テレビを見せなかったらいい? 美術館にも行かせない? 当然、映画館にも行かせられない。YouTubeも見せられない。 トランプ大統領のAI動画が流れるかも知れないから、子供にはいつもアイマスクさせておくしかないか・・・

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考える人 vs 菩薩 目次
The Thinker vs Bodhisattva Index
頭頂眼+松果体+第三の眼
Parietal eye+Pineal gland+Third eye
京都市立芸術大学創始者・田能村直入
Founder of Kyoto City University of Arts
Tanomura Chokunyu